統計数字の裏にいる「大切な一人ひとり」/シエラレオネ事務所 西野義崇
あれから5年、東日本大震災により15,000人以上の方が亡くなり、また現在も2,500人以上の方が行方不明となっています。かけがえのない、多くの大切な人の命が失われました。数字以上に物を語らない統計の裏には、多くの人の哀しみと苦悩があったことでしょう。亡くなった一人ひとりが、別の誰かにとって、大切なたった一人であったに違いありません。再び3月11日を迎え、すでに5年が経過したことに驚きを覚える一方、人々の悲しみが簡単に癒えるものでないことを実感します。
2016年3月11日の朝、私たちはシエラレオネ保健衛生省の職員を対象とした2日間の研修の2日目を迎えました(シエラレオネ事業についてはこちら)。地方の保健局や医療施設などで起きる問題の根本原因を多角的に分析し、より的確な解決策を見出すための研修です。そしてその成果が、母子を含む多くの人命を救うことに繋がると期待されています。
早朝、会場に到着すると、何と、私たちよりも先に着席している一人の参加者がいました。研修開始時間の1時間前です。この国では「1時間後」の到着は日常茶飯事ですが、1時間前というのは聞いたことがありません。話を聞くと、前日母親を亡くされたそうです。「今朝、心を落ち着かせるために研修に来た。研修に参加し、真剣に打ち込めば、心の整理がつくのではないかと思う。」涙を流すこともなく、静かに話してくれました。
かけがえのない、大切な人を失った時に、人は何を思うでしょうか。
2014年5月、隣国ギニア共和国に端を発したエボラウイルス病(エボラ熱)の感染拡大がシエラレオネでも始まりました。2015年までに、シエラレオネ国内では約4千人が亡くなりました。ここにおいては、その統計数字の裏に、高い確率で死に至る病気と対峙した一人ひとりの恐怖があります。また病に倒れた4千人は、その一人ひとりが他の誰かの大切な一人であり、彼らを失った悲しみもあります。
シエラレオネは、エボラウイルス病の拡大以前から、世界で最も高い妊産婦死亡率、5歳未満児死亡率に苦しんできました。エボラウイルス病により、国の保健医療システムがダメージを受けている中、その立て直しは急務です。ただ、統計数字だけを目にしていると、ついつい、一人ひとりの生きる喜び、別れの悲しみなどが見えなくなりがちです。確かに、地球の反対側で、会ったことも、名前を聞いたこともない一人の子供がマラリアで亡くなったとしても、そのことを直接悲しむのは難しいかもしれません。そして、一人ひとりの死を悲しんでいたら、10分に一人子供が死ぬと言われるこの国で、3時間に一人妊産婦が死ぬと言われるこの国で、あまりの無力感に押し潰されてしまうかもしれません。しかし、その子を大切に育ててきた家族は悲しんでいるだろう、そして村の人々がその家族を何らかの形で助けようとしているだろうと想像することはできます。
人は大切な人を想う時、その大切な人のため、そして、その人とつながっているすべての人のために働きたい、という思いが込み上げてくるのではないでしょうか。「遠くの国のまだ会ったことのない人々」だったシエラレオネの人々と出会い、そのことに気付かされました。現地の人々、一人ひとりの日々の思いに寄り添いながら、彼らの努力を後押ししてゆきたいと、改めて思いました。