沈黙からの解放~健康な地域社会への一歩
ネパール事務所 プラディップ・ラジュ・パンタ

2024/12/24

「沈黙」の中で苦しむ女性
 
リプロダクティブ・ヘルス(生と生殖に関する健康)の問題は、ネパール全土で広く見られますが、いまだ多くの女性が社会的な偏見や固定観念に苦しんでいます。
 
私たちが活動しているカイラリ郡チュレ地区も例外ではありません。
昨年だけで、この地域では、子宮脱が3件、不正子宮出血が82件、月経障害が69件、骨盤内炎症性疾患が162件確認されましたが実際には、これらの数値は氷山の一角に過ぎません。チュレ地区保健課職員のビクラム・ボハラ氏は「チュレ地区におけるリプロダクティブ・ヘルスの問題は、必ずしも表面化しておらず、この数値がすべてを表しているわけではありません」と述べています。
 
多くの女性が社会的な偏見や固定観念、そして知識や情報の不足によって「沈黙」の中で苦しんでいるのが現状です。この「沈黙」が、早急な対応を必要とする状況を生み出しています。
 

チュレ地区には、標高1,500m前後の丘陵地に点在する138の集落があり、約2.5万人が暮らしている。

 
現在、私たちが取り組んでいる「へき地集落における安全な妊娠・出産促進事業」の事前調査では、母親や地域保健ボランティアとのフォーカスグループディスカッションを通じて、膣分泌症候群、月経障害、子宮脱といったリプロダクティブ・ヘルスの問題に苦しむ女性が多くいることが分かりました。しかし、誰にも相談できず、治療を受けることもなく、「沈黙」の中で苦しんでいる状況が浮き彫りになりました。
 
チュレ地区を含む近隣地域で一般的な早婚の慣習が、この問題をさらに深刻化させています。チュレ地区保健課長のガジェンドラ・ビスタ氏は「若くして結婚する女性は少なくありません。チュレ地区ではおよそ7割の女性が20歳までに結婚しています」と述べ、早婚とリプロダクティブ・ヘルスの問題との関連性を強調しています。
 
若年妊娠や認識・情報の不足が、リプロダクティブ・ヘルスの問題を悪化させ、多くの女性が「沈黙」の中で苦しんでいる状況は、私たちアムダマインズがよりターゲットを絞った活動を展開する必要性を浮き彫りにしています。特に、今回ご紹介する婦人科検診キャンプのような取り組みは、具体的な問題に直接対処でき、女性を「沈黙」から解放する大きな手助けとなります。
 
婦人科検診キャンプの受付に列をなす女性。

 
身近に届ける充実した医療ケア
 
チュレ地区の女性を「沈黙」から解放する必要性を強く感じた私たちは、2024年11月、ネパールガンジ医科大学附属教育病院と連携し、チュレ地区の4か所で無料の婦人科検診キャンプを開催しました。このキャンプの開催場所は、へき地集落を含むチュレ地区全域からアクセスしやすいよう戦略的に選びました。ついに、チュレ地区でリプロダクティブ・ヘルスに関する負の連鎖(女性の沈黙や地域社会の偏見・固定観念など)を断ち切る時が来たのです。
 
婦人科検診キャンプでは、ネパールガンジ医科大学附属教育病院の婦人科医、小児科医、看護師、検査技師、薬剤師からなる専門チームが、婦人科疾患の診察や検査、投薬などの包括的な医療サービスを提供しました。また、チュレ地区内には診療所まで徒歩で数時間かかるようなへき地集落も多いため、小児科や一般診療も同時に行うことにしました。4日間で合計799名の住民が医療サービスを受け、その内訳は婦人科が478名、小児科が304名、一般診療が17名でした。
 
ネパールガンジ医科大学附属教育病院の医療チームと地元関係者。

 
「沈黙」の中に隠れた健康問題に光を
 
この婦人科キャンプを通じて、リプロダクティブ・ヘルスに関する健康問題が依然としてチュレ地区の女性たちに深刻な負担を与えていることが明らかになりました。特に多く見られた疾患には、骨盤内炎症性疾患(80名)、尿路感染症(80名)、膣分泌症候群(70名)、月経障害(60名)、下腹部痛症候群(55名)、子宮脱(25名)、貧血(25名)などがあり、さらに不正子宮出血や不妊症と診断された女性もいました。これらの結果は、定期的な婦人科検診と、女性がアクセスしやすい医療サービスの重要性を強調しています。
 
婦人科検診キャンプの様子。女性特有の症状について、医療スタッフに直接相談できるのは、地域住民にとってまたとない機会。

 
沈黙から解放された女性たち
 
婦人科検診キャンプは大きな反響を呼び、多くの女性から「身近な場所で婦人科の医療サービスを受けられてありがたかった」と感謝の声が寄せられました。その一部をご紹介します。
 

マティサラ・ネパリさん
「長い間、下腹部痛に悩み続けていましたが、医師に診てもらうことなく、ただ我慢しながら過ごしていました。今回、婦人科検診キャンプでようやく医師に診てもらい、子宮脱で手術が必要だと分かりました。
自分の状態を知ることができ、次にどんな行動をすべきか分かるようになったことが、大きな前進です」

 

ラクシュミ・プラミさん
「婦人科検診キャンプが開催されると聞き、今日は家から2時間半歩いて来ました。普段、医師に相談したり診てもらう機会がなかったので、今日はそのチャンスを得られると思ったからです。
幸い、大きな問題はなく、処方された薬を飲んで少し休むようにと言われました。心から安心し、解放された気分です」

 
ガウリ・バットさん
「婦人科検診キャンプを聞いて、今日は家から3時間歩いて来ました。子宮頸がん検診で陽性疑いと診断されましたが、他の検査結果は2週間後にわかります。自分の身体について知ることができたことは、大きな前進です。結果が分かり次第、必要な治療を進めます」
 
残された課題
 
今回の婦人科検診キャンプは大きな成功を収めましたが、その一方で、社会的な偏見や固定観念、また恥じらいの気持ちから、子宮頸がんや膣検査を受けることに消極的な女性も多かったという課題にも直面しました。このような場合、医師は病気の根本的な治療ではなく、症状を軽減することに焦点を当てた治療法を選ばざるを得ませんでした。
今後は引き続き、検査後のフォローアップケアやカウンセリングに加えて、よりきめ細やかな啓発活動を行っていく必要があります。
 
将来の介入モデルとして
 
今回の婦人科検診キャンプは、即時的な医療ニーズに応えるとともに、チュレ地区におけるリプロダクティブ・ヘルスに関する意識を高めるきっかけとなりました。アクセスしやすい医療サービスを提供することによって、リプロダクティブ・ヘルスに関する負の連鎖(女性の沈黙や、地域社会の偏見、固定観念など)を断ち切る一歩となったこの活動は、他の低開発地域における介入モデルとしても参考になるでしょう。
 
地域女性への啓発活動と並行して、このような婦人科検診キャンプを毎年開催することは、「沈黙」の中に隠れたリプロダクティブ・ヘルスの問題に対処する重要な役割を果たすと考えています。女性が医療サービスを積極的に求められるようになり、それを支援する環境を整えることは、女性の健康を改善するための重要なステップとなります。
 
この婦人科検診キャンプの成功は、誰もがアクセスできる医療が大きな変化をもたらすことを改めて実感させてくれました。参加者の一人がこう語ってくれました。
 
「少なくとも私は今、自分の身体の状態がわかって、やっと前に進む力が湧いてきました」
この言葉こそが、健康な地域社会への一歩となるのです。
 
最後に、この活動を支援してくださった日本の公益財団法人森村豊明会に、チュレ地区の住民ならびに関係者を代表して、心から感謝申し上げます。
 
 

この記事を書いたのは
Pradip Raj Pant(プラディップ・ラジュ・パンタ)
ネパール事務所 プログラム・コーディネーター


医療助手として医科大学や地域病院で働いていた際、へき地から診察に訪れる患者の多くが症状が悪化した末期の段階である状況を目の当たりに。この経験から、恵まれない地域における健康教育や、アクセス可能な医療サービスの重要性を強く実感。医療サービス提供の格差を埋め、恵まれない地域の人々の力になることを志し、開発業界へのキャリアチェンジを決意。2019年からはアムダマインズの保健分野専門のコーディネーターとして様々な事業に従事。趣味は、音楽鑑賞、チェス、ボディビルディング。保健教育修士課程修了。ネパール極西部ダンガディ市出身。

 
 

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