安全な妊娠・出産をより身近に
~ネパールへき地のチュレ地区における母子保健の改善
ネパール事務所 プラディップ・ラジュ・パンタ

2026/07/27

妊娠とは希望であり、不安であってはならない――。
 
しかし、ネパール極西部カイラリ郡チュレ地区の多くの住民にとって、妊娠には不安がつきものでした。丘陵地に点在する集落に住む女性たちは、一番近くの保健施設に行くにも数時間歩かなければなりません。そのため妊婦健診をきちんと受診できなかったり、自宅で出産せざるを得なかったりするケースが少なくありませんでした。地理的に厳しい環境、限られた保健サービスに加え、母子保健に関する正しい認識不足などが、安全な妊娠・出産の障害となっていました。

 

チュレ地区では集落が険しい丘陵地帯に点在しており、最寄りの保健医療施設までも遠い道のりです

 

こうした現状を踏まえ、アムダマインズは現地NGOのFAYA-Nepal(ファヤ・ネパール)と共に、日本の外務省や生活協同組合おかやまコープ、立正佼成会「一食平和基金」をはじめ、多くの皆さまからのご支援を受け、「ネパール極西部へき地集落における安全な妊娠・出産促進事業(2023年3月~2026年5月)」を実施しました。このプロジェクトの特徴は、保健サービスの向上と共に地域住民への啓発活動も行うことで、安全な妊娠・出産の実現に向けた行動変容を促したことです。

 

まず重視したのは、地域住民が質の高い保健サービスをより身近で受けられるようにすることです。そこで、チュレ地区の中でも特にへき地の集落に、24時間体制で母子保健サービスを提供できる保健施設と、3つの小規模な保健施設を整備し、必要な医療機器も提供しました。これにより、地元住民の保健サービスへのアクセスが改善されました。

 

カイララ集落に新たに保健施設が建設されたことで、へき地集落に住む住民も自宅により近いところで24時間体制の母子保健サービスが受けられように。

 

しかし、安全な妊娠・出産の実現には、施設の整備に加え、保健スタッフの能力向上が欠かせないことから、それに必要な研修も行いました。例えば、超音波検査の研修と超音波検査機の供与によって、妊婦が定期的にエコー検査を受けられるようになり、ハイリスク妊娠の早期発見が可能となりました。
 
さらに、ヘルスキャンプの実施により、子宮脱や月経異常をはじめとする様々な婦人科疾患の診断と治療が可能となりました。多くの女性にとって、自宅近くで専門的な婦人科診療を受けるのは初めてであり、長年一人で抱え込んできた健康上の問題について初めて知るきっかけにもなりました。

 

超音波検査研修を受講した保健スタッフの活躍で、いち早くハイリスク妊娠を発見できるようになりました。

 

こうした成果を持続させるためには、地域住民自身の取り組み、例えば正しい知識を身につけ、自ら行動できるようになることが欠かせないため、行動変容を促すことにも注力しました。例えば、当該地域で活動する保健ボランティアに対して研修を行ったり、母親グループのミーティングで母子保健について話し合う機会を設けたりしました。

 

母親グループのミーティングは、母親同士が学び合い、助け合う場。母子の健康につながる行動を、コミュニティ全体に広げています。

 

保健スタッフと保健ボランティアは、正しい母子保健情報を普及する重要な担い手となり、妊婦・産婦健診の受診や施設分娩を促進するとともに、栄養管理や新生児ケア、さらには妊娠中の危険兆候に関する知識の普及にも大きく貢献しました。

 

また、プロジェクトスタッフによる妊産婦の家庭訪問では、出産への備えや妊娠中の危険兆候などについてアドバイスを行うことで、妊産婦の家族も母子保健に関する正しい行動をとれるよう支援しました。安全な妊娠・出産は家族全員が責任をもって取り組むことが重要なので、配偶者や義理の両親に対する啓発活動も行いました。この家族、とりわけ男性の参加を促すアプローチは、施設分娩の推進や行動変容へとつながっています。

 

スプロジェクトタッフ(右)による家庭訪問では、母親や家族に必要な情報を直接届け、出産後の継続的なケアと支援につなげています。

 
安全な出産に関するオリエンテーションには家族も参加し、定期的な妊婦健診や施設分娩の重要性、そして母子がより健康でいられるために、どのようにサポートできるかを学びます。

 

さらに、若者を対象とした活動も重視し、児童婚や若年妊娠、月経衛生に関する啓発イベントを学校で行いました。演劇やクイズ大会などの参加型の手法を取り入れることで、楽しみながら学べる機会を提供しました。

 

そして、これらの取り組みがより効果的なものとなるよう、イラストを多用した教材やすごろくゲームを活用したりすることで、活動に積極的に参加できるよう工夫しつつ、理解の促進に努めました。

 

安全な妊娠・出産すごろくゲームを通じて、母親グループと保健ボランティアがともに学び、経験を共有し、母子の健康につながる習慣を身につけています。

 

3年間にわたるこのプロジェクトを通じて、母子保健を継続的に改善するためには、保健施設の整備だけでは十分ではなく、正しい知識を持つ地域住民、妊婦や産婦を支える家族、高い技術を備えた保健スタッフ、そして地域をけん引するリーダーの存在が等しく重要であることが示されました。

 

チュレ地区は依然として厳しい地理的環境にありますが、プロジェクトによって保健システムが強化されるとともに、その成果を地域で維持・発展させていくための主体性が育まれています。保健インフラ整備と地域住民の行動変容という両輪を強化することで、チュレ地区のようなへき地においても母子保健の向上が実現することを示す、意義ある事例となりました。

 
 

この記事を書いたのは
Pradip Raj Pant(プラディップ・ラジュ・パンタ)
ネパール事務所 プログラム・コーディネーター


医療助手として医科大学や地域病院で働いていた際、へき地から診察に訪れる患者の多くが症状が悪化した末期の段階である状況を目の当たりに。この経験から、恵まれない地域における健康教育や、アクセス可能な医療サービスの重要性を強く実感。医療サービス提供の格差を埋め、恵まれない地域の人々の力になることを志し、開発業界へのキャリアチェンジを決意。2019年からはアムダマインズの保健分野専門のコーディネーターとして様々な事業に従事。趣味は、音楽鑑賞、チェス、ボディビルディング。保健教育修士課程修了。ネパール極西部ダンガディ市出身。

 
 


 
 

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