理事長ブログ「うみがめ便り~再びカンボジアへ」

2023/02/03

前回までのうみがめ便りで、今から30年前、カンボジア和平を支援する国連暫定統治機構(UNTAC)の一員として、極めて濃密かつ貴重な経験を積ませて頂いた旨、3編に分けてお伝えした。そしてその経験は、1999年の暮れにアムダ(AMDA)に入職した後も、社会文化的、地理的背景、また言語に係る知見を有していたという点で大きく役立った。
 
当時AMDAは、カンボジア支部とともに医療保健や教育などの分野で内戦後の復興支援を担っていたが、特に1999年から5年間にわたり従事した事業において、その真価が問われることになった。カンボジア政府が、アジア開発銀行から融資を受けた資金を活用して、保健行政区制度の確立と、基礎保健サービスの向上を目指した有償支援事業でのことである。
 
AMDAは、カンボジア政府からタケオ州アンロカ保健行政地区における事業運営を委託され、同地区における質の高い基礎保健サービスの提供を目的とした行政能力の強化に取り組んだ。

  • 首都プノンペンから南に約80kmに位置するタケオ州アンロカ保健行政地区
  • 地区内で最も大きかった病院(当時)

NPO/NGOが行政サービスの一部を提供する試みは、日本でも委託事業として導入される事例は多いが、行政の役割をそっくり代行することは、法的、慣習的観点から想定しづらい。しかし、開発途上国、特に紛争影響国などにおいては、基本的人権を守る、行政能力を強化するという2つの目的を達成するために、海外の組織が代行することが少なくない。
 
組織が営利か非営利かという違いはあるものの、専門性については民間会社もNPO/NGOも大差ない。欧米では、大学や研究機関が、医学、教育学、社会学、文化人類学、経済学などの分野において、現場重視、実践指向の観点から、プロジェクトを運営するNPO/NGOを設立し、活動に戦略性と継続性を持たせることは(今となっては)よく聞く話である。
 
しかし、そうした世界が実際に存在し、現場から有用な保健医療情報を戦略的に収集、活用している機関や組織の実態をこの時初めて知った。彼らもまた、AMDA同様、カンボジア政府から委託を受け、他の保健行政地区で医療サービスを提供していた。
 
ただし、どのような組織が事業を運営するにしても、開発途上国で行政サービスの改善を目指すことは至難の業である。
 
まず、事業を運営する側は保健行政に携わるスタッフの雇用主ではないため、原則、懲罰規定を適用する権限はない。そして十分な給与・手当が支給されていない彼らを前に、きれいごとを並べてものれんに腕押しで、効果は低い。結果、公務員であることから得られる公式、非公式の利益の最大化を図る彼(女)らと、地域住民に最良の医療サービスを提供しようと試みるAMDA側との綱引きがしばらく続くことになった。
 
当初の3年間は、滑走路を助走するかの如く、力をためる事業運営を強いられることとなった。私は4年目から日本にベースを置き、年に数回現場を訪問する立場の事業責任者となった。他方、現場における運営管理は、2名の(今は両名とも日本の大学院で教壇に立っている)優秀な事業統括とコーディネーターに託すことができた。

  • 子どもの予防接種率は事業開始当初の27%から74%まで向上した
  • 結核病棟の入院患者には病院食が提供された

幸い、歯車が上手く回りだし、その後、事業は目覚ましい成果を遂げ、アンロカ地区の保健指標は顕著に改善していった。
 
保健サービスの改善度合いを測る指標は、保健施設の利用者数、特に産前産後健診、施設分娩数、予防接種率などの定量的なものから、サービス提供体制(例えば、スタッフの勤怠、夜勤状況、報告書の提出状況)などの定性的なものまで網羅されていた。それら指標に係るデータは毎月保健センターごとに集計され、エビデンスに基づいたセンター間の健全な競争を促す比較材料となり、サービスの改善に活かされた。
 
今でいうPBF(Performance-based Financing=成果に応じた賞金制度)も導入され、優秀な成績を収めた保健センターには表彰状と、少額ではあるものの賞金が提供され、より良い保健施設に変わるよう活用された。
 
例えば屋根や天井を修理し雨漏りを防ぐ、貯水タンクを設置する、家具や清掃用具を購入する、ボランティアに対する手当を支払う、ペンキを塗り替える、優しい色のカーテンを取り付ける、花壇に草花を植える等々、使途は様々だったが、すべてサービスの改善、そしてその帰結として指標の改善に役立つものであった。

  • 自身がまとめた指標を評価し、課題や来期の目標を話し合う保健行政スタッフ
  • 優秀な成績を収めた保健センター担当者に表彰状を渡す事業統括(右)

もちろん、そうしたシステムが効果的に機能し、保健行政スタッフの意欲を刺激し、継続的な努力が引き出されるようになるには、システムそのものの有効性、公平性、透明性に加え、プロジェクト側との信頼関係が確保されていなければならない。結果、利用者数、妊産婦健診数も倍増、3倍増を記録したAMDAによる事業運営は、カンボジア保健省、アジア開発銀行から高い評価を受けた。
 
そして何より重要なのは、こうした一つひとつの改善、進歩が、カンボジア(人)自身の未来に向けた希望の星を多数生み出したことである。そして同様の数々の改善と進歩は、分野を問わず、必ずしも十分でなかったが、一定の平和に守られた社会の隅々にまで波及し、カンボジア社会に灯りをともすこと-開発と発展-に寄与したものと思われる。
 
2022年11月初旬、私はASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会合を直前に控えた首都プノンペンにいた。会議場、商業施設など、高層ビルや近代的な建物が林立し、また、広い道路に高級車がひしめく様子からは、最貧困国だった頃のことをうかがい知ることはできない。カンボジアの過去30年の発展が何を意味するのか、もう少し知る必要があった。
 
私はかつて働いていたチューク郡に戻ることで理解を深めることができると考えた。(次回に続く)
 
※本文中の写真提供:AMDA
 
 

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この記事を書いたのは
鈴木 俊介(すずき しゅんすけ)
理事長


大学で法学と国際関係論を学んだ後、民間企業に就職。国連ボランティアとして派遣された国連カンボジア暫定統治機構や、国連南アフリカ選挙監視団における経験を通じて国際協力業界へのキャリアチェンジを決意。米国の大学院で国際開発学を学んだ後、ミャンマーでのプロジェクトへの参画を経て、1999年、AMDAグループ入職。ベネズエラ、インドへの緊急救援チームを率いた他、ネパール、アンゴラ、インドネシアなどで様々なプロジェクト運営に携わる。2002年、AMDA海外事業本部長就任。2007年、AMDA社会開発機構設立。理事長就任。趣味は旅行、山羊肉料理の堪能。岡山のお気に入りスポットは鬼ノ城跡、豪渓。神奈川県出身。

 

 
 

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